大判例

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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2525号 判決

なるほど司法警察員作成の実況見分調書中の立会人七ケ所次男の指示説明によれば、被害者堤藤男が刺創に因り路上に倒れる際同人と相対峙していた男は被告人以外の氏名不詳者であつたかの如く見えるから所論の如くその男が堤を刺したのでないかとの疑念をさしはさむのも一応首肯できないことはないが、当裁判所の実施した検証の結果及び証人七ケ所次男尋問の結果によれば被害者堤藤男が刺創に因り路上に倒れる際同人と相対峙していた男は被告人以外のなにものでもなかつた事実然るに前記実況見分調書が前記のようになつているのは同証人が実況見分の際司法警察員に対し当時の情況を十分納得できるように説明しなかつたため司法警察員が一部早のみこみして記載したことに起因する事実を認めるに十分であるから実況見分調書によつて所論のような疑念をさしはさむのは当を得ないし尚所論引用の他の証拠では所論のような疑念をさしはさむ余地は存しない。

次に論旨は押収の匕首が本件犯行に使用されていないのに拘らず被告人は之を使用したと虚偽の自白をなしているところよりみても被告人が堤藤男を刺したと自白しているのは何らかの意図があつてなす虚偽の自白である旨主張する。なるほど所論引用の原審鑑定人法輝雄の鑑定書中押収の匕首には人血の附著を証明できない。嘗て血液が附著していた形跡を確認することもできない。本匕首が殺傷に使用されたと推定し得る所見は認められない旨記載あり又原審鑑定人友永得郎の鑑定書中被害者の刺創の深さは自然の仰臥位において約一七糎前後であつて前記匕首の刃及び脛金の長さより深い旨記載ある所からすれば、所論のように押収の匕首が本件犯行に使用されていないかの如き観なきにあらずと雖も前記法鑑定人の鑑定書に前記載の外刀身と柄の接続部(脛金の内側)に血痕らしい反応を認めた旨の記載あり又前記友永鑑定人の鑑定書に前記載の外匕首の刃の部分(一三・五糎)だけが全部刺入し更に強く圧迫した場合には自然の状態で測つた一七糎の深さを算する刺創が出来る事は十分考えられる。著衣の厚さを計算に入れても圧迫の強さによつてはこの様な刺創が生じうるものと認められる。尚匕首の刃の巾と創口の長さとの関係にも矛盾する所は認められない旨の記載あり之等と原審証人福永豊喜の第一、二回の供述和田彦一(一、二回)小浦盛広、中山ツタヱの各司法警察員に対する供述調書を綜合すれば、鑑定書中の前記の記載あるに拘らず押収の匕首が本件犯行に使用された事実を十分認められる。そうだとすれば押収の匕首が本件犯行に使用されなかつたことを前提とし被告人の自白を虚偽であるとなす所論は採用しがたい。ところで被告人は本件被害者を刺したことは警察検察庁原審を通し一貫して終始之を肯定しているばかりでなく当審でも之を肯定している所記録を調査するに本件につき嫌疑をうけそうな者は被告人以外に全然見当らない被告人が殊更虚偽の自白をなすべき事情は少しも認められないから原審が被告人の自白を本件断罪の資に供したのは固より相当であるし原判決引用の証拠により被告人が堤藤男に判示の刺創を負わせ同人を死に致した旨の原判決認定の事実を十分肯定できる。

更に論旨は原判決が殺意の存在を肯定したのは事実誤認なる旨主張する。原判決引用の証拠に依り肯定できる本件創傷の部位程度及び兇器の鋭利な点よりすれば原判示の如く一応未必的殺意の存在を肯定しても必ずしも不当でないように考えられるが当審における事実取調べの結果をも含め本件記録竝びに証拠物に依り肯定できる被害者が酔余被告人方前道路を通行中たまたま放歌高吟したことを被告人が詰責したことが本件口論のきつかけをなしている点、その当時被告人も酒気を帯び興奮状態にあつた点、被害者と連れだつていた七ケ所次男のわびにより口論は一応おさまつていた所被害者が突如格斗の態勢に出た為その機先を制し突刺した点、匕首は当時たまたま携帯していたもので原判示の如く被害者との斗争のためわざわざ持ち来りしものでない点、被害者と口論したのも互に歩行しながらのことでその時間も僅の間であり原判示の如く被害者より暴行を加えられた事実のない点、被害者と被告人とは全くの未知の間柄で毫も両者の間恩懇なき点、被告人が七ケ所次男と共に被害者を早速病院につれていつてる点、特に腹部を目掛けて突刺したとも見られない点、兇器が比較的小型のものであつて特に危険性の多いものとも認められない点を綜合し原判決引用の諸証拠と対比し考察すれば原判決引用の証拠に依りては原判示の未必的殺意の存在を肯定するに十分でないと思料する。原判決は畢竟証拠の価値判断を誤り事実誤認の違法を犯しているものと云わねばならない。論旨は理由がある。そこで控訴趣意第二点量刑不当の論旨に対する判断を省略し原判決は刑訴法第三九七条に則り之を破棄すべきものとする。而して本件は同法第四〇〇条但書に則り処理すべき案件と認め次のとおり被告事件につき更に判決することとする。

被告人は昭和二九年一二月三〇日午後八時三〇分頃工員堤藤男(当時三〇年)と些細なことより口論の末長崎市玉江町三丁目玉江橋附近路上において所携の匕首を以つて殺意に出でずして同人を一回突刺しその右腹部に全創洞の深さ一七糎位の創傷を負はせ因つて間もなく附近の朝永病院において該創傷に基く失血のため死に致したものである。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

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